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20
2004

吊り輪

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僕達は鉄製の吊り輪の冷たさを感じながら、そこにぶら下がっていた。

僕の隣。僕の手を2倍に伸ばしても届かない距離ではあるけど、そこに高
橋は居た。そこは「としまえん」だとか、かつての「東京マリン」のよう
な、巨大なプールのある遊園地だった。

僕の知らない内に、このようなアトラクションができていたらしい。
アトラクションと言っても、ただこの吊り輪から手を放せば、眼下の、何
百メートル下の巨大なプールに落ちていくと言う、ただそれだけのものな
のだけど…。「それだけ」などと言いつつ、僕の足は完全にすくんでいた。

こんな高い所から僕は……落ちなければならない。
落ちなければならないことは、高橋にも、僕にも分かっている。
落ちてしまえば、下の巨大な人の海に紛れて、お互いもう二度と会えなくな
ることも。高橋は「あ~あ、うたかさんと一緒に落ちたかったな……」と言っ
た。

高橋は僕に好意を持っているようだった。
高橋は、あの「アロハロ」の赤いビキニを着ていた。彼女は、名残惜しそう
に、悔しそうに足をばたつかせた。その姿は愛おしかった。僕と目を合わせ
ようとしないのも愛しかった。僕は、この世界で高橋に対して好意を抱いて
いたことを思い出し始めていた。

僕らはいつまでも所在を許されないこの空中で、お互いを求め合っていた。
しかし、それが叶わぬことは、もう分かり過ぎるくらいに分かっていた。

高橋と僕は、別れなければならない。手を放せば、もう彼女とは会えない。

僕はそれをとても悲しく思った。
下の世界では、知らない人達が僕を待っていて、高橋のことをまた別の知ら
ない人達が待っている。そして僕らはいつか、落ちなければならない。いつ
までもこうしている訳にはいかないのだ。

高橋はまた、僕に何かを語りかけていた。
それは恋の言葉だった。音は聴き取れなかったが、僕にはそれが分かった。

…それから、高橋が落ちたのかどうか、僕には分からない。僕がいつ手を放
したのかも分からない。しかし僕はこうして現実に戻ってきたし、あの空で
感じた彼女への愛しさは、まだ、どうしようもなく僕の肉体を包んでいる。

この現実世界での僕と娘。の奇妙な関係は、一体いつまで続くのだろう。
僕らはいつ、手を放さなければならなくなるのだろう。

空中で僕らが触れ合うことは一度も無かった。
僕らはただ、鉄の輪の冷たさを感じることしかできないのかも知れない。

僕は目を閉じ、もう一度彼女の、あの鮮やかな赤を思い出す。