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22
2003

Um Momento Qualquer

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紗耶香はまだ現れなかった。
僕は慣れない喫茶店のテーブルで、昨日の紗耶香の態度を考えた。



僕は、紗耶香のことを好きだと言った。
紗耶香は僕と目を合わせなかった。それは照れているようにも見えたし、
その後紗耶香の口から出た言葉は、僕が予想していたよりかはいくぶん
ポジティブな響きを含んでいた。

そして、その時目を伏せた紗耶香は何より美しかった。
僕はその場でまた恋に落ちてしまった。その場には僕と紗耶香の二人しか
居なかった。風は生温かく、それは僕らの皮膚感覚を妙にリアルにさせた。

もう少し近づけば、僕が紗耶香に触れるのが分かった。
でも、僕らは触れなかった。そして夜がやって来て、僕らは別れた。



その時の感覚は、まだ僕の身の周りに在った。
この恋の感覚が一方的なもので、単なる勘違いであるとのいつもの考えは、
身体の中には少しも無かった。店内に流れる音楽は、ひたすら甘かった。
普段神経を苛つかせるだけの待ち合わせという時間が、愛おしかった。
僕はいっその事、紗耶香がここにやって来ないでも幸せで居られるような
気がした。昨日の僕と紗耶香のことを、思い出してさえいられれば…。

そして、紗耶香は現れる事は無かった。
気づくと僕は、違う世界に居た。

甘い恋の感覚と、喪失感が半々に身体の中にあった。
あのまま、あの世界に居たら僕は紗耶香に会えたんだろうか。
そして、彼女とどういう会話をしたんだろうか。もう、僕はその世界には戻れない。

僕は喫茶店で流れていた甘い音楽を思い出した。
クラウヂア・テリスの"Um Momento Qualquer"だ。僕は、その曲を再生しながら
歌詞カードを開いた。そこには、オレンジ色の文字でこんな風に書かれていた。





私は自分の心の中の世界で生きているの
ずっと私にまとわりついてくる世界に
自分の幸せを探す道すがら、もっと自由な存在になるすべを探しつつ
私はこんな風に思うの
自分が存在するすべてのもの、私が望むすべてのもの、
あなたの微笑む姿から
遠く離れたところいるんじゃないかしら、と





半減期のように、夢の感覚は薄れていく。
そして、また、喪失感だけが残った。