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27
2003

悪玉

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元からおかしかったシステムにパンサー入れたら、
起動不能になった。二日かけてようやくibookも復旧。死んだ…。

復旧用に買ってきたHDDを合わせると、我が家の総容量はとうとう
450Gに。もう一個ケース買ってくっかな……。







足にかせられたチェーン  白く光るコロシアム
異教徒のごとくつぶてを投げられて
勝つことを許されない 二流で無名のヒール
反則負けこそが最高の名誉

打ちのめされたこの背中を 息子のお前も蔑むのかい
今宵こそ見てろよ

高らかに鳴るテーマと決め台詞
破壊の神シヴァよ 血の雨を降らせ給うれ
熱い汗をまとい 凍える魂
引き際を鮮やかにする 悲しい地へ
ふっきれたならば 俺は自由


これは因縁のカード リベンジを狙うヒール
花束も凶器も最早いらないぜ

捨て身の奴に負けはしない 守るべきものが俺にはあるんだ
このラストスタンドに

高らかに鳴るテーマと決め台詞
破壊の神シヴァよ 血の雨を降らせ給うれ
冷酷なこの世から目をそらすな
いまだかつてない悪意を見せてやる
ふりきれ今こそ俺は自由

マイクよこせ早く


バランスの軌跡でフォールして 明日の一面を派手に飾ろう

捨て身の奴に負けはしない 守るべきものが俺にはあるんだ
このラストスタンドに

高らかになるテーマと決め台詞
破壊の神シヴァよ 血の雨を降らせ給うれ
冷酷なこの世から目をそらすな
このイカサマ試合を出し抜いてやる

プロモーターが席を立つ 罵声渦巻く中に
おまえの無垢なる笑顔を見出すのだ

マイクよこせ早く



キリンジ   「悪玉」(堀込高樹) 





(聴き取りだからちょっと違ってると思いますすいません…)

最近この曲の八百長mix(横山剣mix)にハマってて、そして聴いている間
ずっとニィニィのことを考えてしまう。

昔から聴いてる曲だったけど、この猪木アフロ・グルーブにこの歌詞が乗ると、
もう自分の中ではどう考えてもニィニィ。そして、聴いている内に妙に血が
たぎってきて、ニィニィのことを応援したくなる。

「男は食い気、女は色気、私はま・ゆ・げ~~」

うおおおおおニィニィ、ボンバイエ!!ニィニィ、やっちまえ!!(朝まで狂"気"乱舞)





僕はきっと、ニィニィのことはスポーツ選手みたいな感覚で見ているのだろう。
萌えないけど、ミュージカルで歌うニィニィは本当に楽しそうだった。

ニィニィに対して抱くのは、萌えると言うより「うおおお!!」って感覚。
今日はキレてるなぁ……とか、そういうような。ミュージカルではそういう
キレたニィニィを見ることができて良かったと思う。ニィニィが踊っている
姿は美しかったと思う。そして僕は「悪玉妄想」によって、この猪木アフロ
グルーブに揺れるニィニィの身体を更に妄想し、一人で興奮している。

その興奮が(酒量と共に)最高潮に高まってくる頃にもなると、「うおおおお
俺には萌えなんて要らねぇぇニィニィ最高!!!」とか言ってみたくなったり
もするのだが、ダウナー時は全く正反対のことを考えている訳で、全く訳が分からない。





訳が分からないなりに分析するのなら、多分僕は、僕が憎んでいる現場系、
いや、DQN系のヲタ達と本質は全く一緒なのだろう。野蛮な歓声の中に
自分が溶けていくのを一番心地よく思う人間だろう。
でも僕は奴らみたいになりたくは無いし、奴らよりは自分のことを想像力の
ある人間だとは思っている。正直、ハワイにまでああいう人間と同行しなけ
ればいけないのだと考えると、とても憂鬱で、なんだかおかしくなってしまいそうだ。

じゃあ僕は何なのか?

………?

……?





……僕にとってモーニング娘。はただの音楽では無く、僕が僕自身を納得させる
ための物語なのかも知れない。その物語は「萌え」という脱力極まる響きのテーマ
によって支配され、そして、そのベクトルはいつからか「萌え」を支配する事務所
への憎悪に向かっている。そして、憎悪が憎悪を呼んでいる。

萌えが、娘。が僕らを圧倒していた時代と言うのがあって、その時僕らは
何かを心に打ち込まれ、その心のままに足を進め、そして戻れない所まで
来てしまった。

僕らが「ザ☆ピ~ス」という曲に感じた温度と、世間の温度との差は、
恐らく僕らが想像しているより遥かに大きいものの筈だ。

僕らは生に溢れ、彼らは死んでいた。

そのギャップがもたらしたものと言うのは本当に大きかった。
本当に、本当に大きかった。
僕らの生が溢れる程、彼らはその暗い底なし沼に飲み込まれていった。


僕は絶望した。





絶望しながら、新しい友人ができたり、たまに古い友人と会ったりした。
僕を救ってくれたのは、その古い友人だった。彼とは小学校以来の友人
だったが、中学を出てからは年に1、2回飲むくらいのそんなつきあいだった。

特別仲が良いというわけでも無く、でも、一人でいる時になぜか思い出して
しまうような、そんな友人だった。僕と彼の求めているものは基本的に同じ
ような気がしたし、なぜか彼には自分の思っていることを包み隠さずに話せ
ることができた。考えてみればそんな友人は、もしかすると彼だけだったかも知れない。
クラスでは目立たない彼の言うことは、いつも不思議とリアルだった。
そして、いつも僕にとってそれは正しかった。

なぜか、彼は僕の中学以来の「ライト・シング」で有り続けた。


時が経ち、僕は絶望しながら、酒を飲み続けた。
そしてある日、彼と久々に会う機会がやってきた。
僕らは二次会、いつものように酔いつぶれて僕の家に雪崩れ込んだ。
モーオフで身に付いた娘。映像再生僻はやはり止まることはなく、僕は何人かの
友人からの批判と嘲笑を浴びた。彼もその失笑組の中の一人では有ったが、でも、
なぜか不思議と「ザ☆ピ~ス」のことは、こちらが少し戸惑うほどに絶賛してくれた。
他の友人は、別の話題に没頭し、そして僕らは静かにモーニング娘。のことを話した。
泥酔していたし、その内容については忘れてしまったけど、その戸惑いのことだけは
今でも覚えている。

後から考えると、僕はその瞬間に初めて救われたような気がする。

彼はやっぱり「ライト・シング」だったし、彼の中でもモーニング娘。は「ライト・シング」だった。
感覚の中でしかそれを説明できないのがもどかしい。







僕らは傷ついた身体を「モーヲタ」と言うフィールドに預けた。
その胸に抱く誇らしい気持ちを、喜びを、憧れを「モーヲタ」と言う言葉に預けた。
そんな言葉は格好悪いし、僕だってたぶん本当はそんなものに入りたく無かった。
しかし、あの曲はそれだけの力を(本当は、それ以上の力を)持っていた。

しかし、時間(と事務所の無策)は残酷だった。
僕らが感じたモーニング娘。の魅力は哀しく薄れ、それと反比例するように信じられ
ない位美しくなっていく彼女達が居た…………四期メンが居た。


僕らはそれに苛立った。そして、それに苛立たない(類は苛立たないように自分を変えた)人達が居た。
でも、その二人は昔と同じように娘。達に恋をしていた。
幸せな時間は過ぎてしまったけれど、二人はやっぱり娘。達のことが好きだった。


しかし、二人の知らない内に、彼らの家の周りには良く分からない人達がやってきていた。
娘。達に何の興味もない人。暴力の好きな人。悪口が好きな人。目立ちたがりやな人…。

その後、そこには様々な人の営みがあった。
僕はそれに対して何も言うつもりはない。
しかし、そこには「ザ☆ピ~ス」に感じたハッピーとは決定的に異質なものがあった。


そんな風に(僕には)不可解に、しかし、ミニモニ。やシャッフルに救われつつ時は流れた。
「あやや」という偉大なポップ・スターも僕らの求める「モーニング娘。性」を与えてく
れることは無かった。しかし、僕らはまたその身の内に「あやや性」を求める性質を宿した。
そしてまた、「あやや性」を求める人達は山のように僕らの周りを取り囲み始めた。





そしてある朝気がつくと、娘。達に恋する人達は驚くほどに少なくなっていた。
僕は「なんだ?」と思った。かつて身を預けた「モーヲタ」の記述には、その根に
感じたどうしようもない愛情は、微塵も無かった。書いてあることは面白かったり、
ある時はどうしようもなく心を打ったりもしたけれど、それは娘。とは全く関係無い
もののように感じた。

そして、僕が知らない間に、僕の心を一番打った眞鍋さんはヲタを止(や)めていた。

ひっそりと、ひっそりと止めていた。僕は一度もそれを口コミや2chで聞いたことは
無かった(僕が鈍感なだけかも知れないけど)。僕はそれを美しいと思った。
僕らが抜け出せないでいるものから、彼は抜け出せたのだし、それはやっぱり彼自身
の強い意志によるものだと思う。…いや、類は、彼はまだあの日のごっちんを、辻ち
ゃんを愛しているのかも知れない。でも、それでも、あのすっ、と消えるような身の
引き方は僕は美しいと思っているのだ。

焼け野原には、誤解や悪意に対する徹底的な防御を敷いた、強固な、それでいて口当
たりの良い、しかし全く魅力的でない表現ばかりが集まっていた。So What?
僕は自然にそう思った。

「だから、なんだ?」と。

そして、そのような表現が高い評価を得ているのを知って、本当に不思議に思った。
それは、言うなれば5/5に笑顔で無意味に圭ちゃんコールをしている人達と同じに映った。
(僕はあの時、Sくんや、心有る名も知らないヲタ(暴れてはいたけど、場をわきまえて
いた)が側にいなかったら、そいつらを殴っていたかも知れない)

僕らはかつてのアイドルと同じように、娘。を愛したのか?そうじゃないだろう?
ファン同士でお祭り騒ぎを楽しむために、娘。を好きになった訳じゃないだろう?
現象を分析するために好きになった訳じゃないだろう……?





……これは、このような考えは、本当に狭い世界での話だけど、あの頃(「ザ☆ピ~ス」以前)
娘。テキストサイトを見ていた人にはある程度共通する価値観だと思っている。

娘。テキストサイト。
ファンサイトから脱皮しつつ、自分を解放するために、あれは本当に必要な運動だったのだ。
彼らはあの時、自分なりのリスクを負ったのだ。自分なりのリスクを負っても(それはあの時
かなり危険な行為だった)娘。が好きだと言いたかった。

それが今は、よってたかって娘。をダメにする、世間に娘。を分かりにくくさせる温床
のようなものになっているのでは無いかと思う。テキストだけで無く、ヲタと言う存在が
娘。をダメにしているような気がしてならない。僕は正直言って、圭ちゃんの時の赤い
サイリウムも嫌いだった。野暮の極地だと思った。そんなものを僕の網膜に残さないでくれ、と思った。

言ってしまうけど、書くことによって、思うことによって、言うことによって、世の中は
ほんの少しでも循環するのではないか。少なくとも誰かにそれは伝わるはずだし、
「伝わる」ということを考えたら、ライブなんていうあんな訳の分からないものに、僕らは
どれだけ大きいものを伝えられたのか分からない。

だから、僕は嘘は言わない方が良いと思う。
雰囲気で嘘に賛同するのも本当に良くないと思う。
娘。を好きなフリをするのは、本当に良くないことだと思う。

娘。は僕たちの意識の中で、「善」とか「悪」とかそういうものを越えたところにあるし、
そういうのを気にする必要は無くて、感動したことを感動したままに言っていれば良いんだと思う。

その方が、僕らは幸せな未来を見られるような気がするのだ。





今のところメロンが「赤いフリージア」歌ってくれているから、世界は破滅しそうにない。
昔僕はメロンのことを悲劇のグループ「バッド・フィンガー」に例えていたのだけれど、
今ではそれが覆りつつある。いや、覆っている。

今の僕らができることはやっぱり、ただ「黙って」見守ることだと思うのだ。
ある人達が回るほど、ある人達が娘。について言及するほど世界は壊れていく。

そんなものは、あの頃僕らが見たかった未来じゃないんだ。