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04
2002

独りでいることを学ばなくちゃ

CATEGORY普通日記

久しぶりにピースフルなモーヲタ・イベントに行った。
ピースフルと言う言葉を僕が始めて聞いたのは、ケニー・ランキンの曲を聴いてからだったけど、
そのイベントには、そういう空気が溢れていた。みんな娘。が好きで好きでたまらなくて、朝から
晩までそれしか無いような人達ばかりだった。萌え狂っている人達がその場に集まっていた。

萌え狂うと言っても、争いは無く、お互いの違いを認めるという当たり前の前提の上にある議論。
それがなんだか心地良くて、僕はその店でいつもより多めにビールを飲んでしまった。
最近、意味もなくCCRを思い出す。そのグループ名とか、ガッツ効きまくりのハッピーなロックンロールとか。
クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル。いいグループ名だと思う。

僕にとってのクリーデンス・クリアウォーターとは、
去年、2001年代々木の夏コンであり、それはもしかすると僕が最前列だったせいもあるかも知れないけれど、
でも、その時のオフ会は、今までで一番楽しかったオフ会でもある。


どうして娘。の精神に触れておきながら、つまらないことで争わなければならないのだろう。
どうして、こうやって楽しく意見の交換が出来ないのだろう。





考えてみると、僕にとっての娘。とは、やはり「萌え」が一番前にあるし。「音楽」も一言では言えないアレが
あるのだけど、でもそれは第一に「萌え」に支えられたものであるのは、多分、間違いが無いし。
いや、厳密に言うと一言では語り尽くせないけれど・・。

とりあえず、「モーヲタ」と言うキーワードによって自分の言いたいことが制限されているのは、かなり不幸な
ことだと思う。だって、モーヲタである前に人間でしょうが。娘。の曲よりロシュフォールのサントラの方が
好きだって言ったって、それを責める権利は誰にも無いと思う。





「**ならモーヲタじゃない」「**じゃなければモーヲタじゃない」とか、そういうフレーズが大嫌いだ。
僕はモーヲタである為に生きている訳じゃないし、そういうものを強要するような思想が大嫌いだ。
もっと、好きなものを好きだと言えば良いのに。好きなものに関して好きなように言えばいいのに。
自分の好きなものと、友達の好きなものについて考えれば良いのに。

そこには自分が歩いて来た道と、友達の歩いてきた道の距離というものが厳然として有って、
それを理解することは出来なくても、認識することは出来ると思うんです。認め合うことは出来る。

でも最近、そういう当たり前のことが出来なくなっていると思う。そういうシーンが形成されていると思う。
モーヲタとして認められなくてもいいから、僕は自分の思ったことを言いたい。そういう訳のわからんキー
ワードに振り回されたくない。一昔前には意味があったのかもしれないけど、今「モーヲタ」という言葉に
大して意味が無いように僕は思う。その言葉が意味を成したのは、ニッキモニが一番盛り上がっていた頃、
去年の春~夏頃なのかも知れない。





彼等は自分と言うものを持ち、「自分」に全て責任を負っていた。
自分が基準であるというのは当たり前の話だけど、僕等は(いや、僕は)いつの間にかモーヲタという言葉に
囚われて、無理に自分の身体を動かしていたと思う。CDを何十枚も買い、コンサートに行きまくり、テレビ、
ラジオも全て聞き逃さないような、そんなイメージ。そのイメージは確かに自分を奮い立たせてくれたり、
帰属意識を刺激してくれたりするけど、考えてみればでもそれは、初めに僕が求めていたものとは全く違うのだ。


僕はただ音楽を聴きながら圭ちゃんや紗耶香のことを考えていたかったし、
それが今は加護ちゃんとよっすぃーに変わったたけのことなのだ。核はただ、それだけのことなのだ。
僕が一番衝撃を受けたのは、ただそれだけのことに、ただその「萌え」という感覚に身を預けたことに
よって、音楽に対する感覚まで変わってしまったと言うことだ。

僕は、中学の頃からビーチ・ボーイズを聴いて周りからバカにされているようなヒネたガキだったので。
リアルタイムのヒットチャートと言うものを全て信用せずに生きてきた(Puffyとか、そういうもの以外は)。
でも。娘。に萌えてから、真夏、ふるさと→LOVEマの無茶苦茶さ加減を味わってから、僕はそれまで好まな
かったジャンルの音楽を受け入れることができるようになった。実際、昔から考えたらドリフやクレイジー
のアルバムがフェイバリットの棚にあること自体が信じられない。
その事実だけでも僕にはショックだったし、感動的なことだったし、異常なことだった。


僕は娘。に萌えていて、娘。の音楽が好きで、そして、娘に萌えていて、娘。のことを好きな友達ができた。
それは事実だ。事実で、どうしようも無いほど感動的なことだ。
だけど。

だけどそれ以上僕は何も求めないし、誰からも何も求められたくない。





「娘。が好き」って言う、それだけのファクターがこんなに美しいとうことを久しぶりに思い出した。
モーヲタじゃなくて、娘。のことが好きな人が好きだ。訳の分からない争いはもううんざりだ。

「ザ☆ピ~ス」って、もう本当の真っ最前面に書いてある文字がまだ解らないんだろうか。
「傷つけろ」なんて娘。は一回も歌ってないよ。

もう、そういうのは本当にうんざりだ。





そういう意味で、今日会った人達にはなんか凄く安心した。ありがとう。