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02
2002

Summer madness

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時計は午前1時をまわっていた。
私も彼も、もうかなりの量のアルコールを飲んでいた。彼は、黙って車を運転していた。
私は視線を定めようとするのを止め、規則的に過ぎてはまたやってくる街灯の無機質な光
を追った。その光と、二人の間に流れる沈黙は心地良かった。私は、完全に身体の力を
抜き、シートにもたれた。スピーカーからは、妙に耳障りの良いフュージョンがかかっていた。
それは良く遊びに行く彼の部屋で、私が一度も聴いたことの無いものだった。

彼は、一人で居る時にこのアルバムを聴いているのだろうか。
それとも、今みたいに、電車が無くなってしょうがなく家に泊める女友達の為に用意した
アルバムなのだろうか。類はそれと似たような状況のために。・・どちらにしろ、私は彼の部屋に
一人で行ったことが無かった。それは何かを意味しているような気がしたが、その意味を私は
考えたくなかった。たぶん、これからも彼は私の中での彼であり、私は彼の中での私で有り続けるのだ。
それまでの色々な事柄が頭をよぎったが、私はそれを思い出すのを止めた。
私は、このまま流されて、どこかに行ってしまいたかった。ただ、それだけだった。

このまま、この車に乗ったまま、ずっと夜の街を走り続けていたかった。
心地良いローズ・ピアノのソロが今まさに曲の中での最高潮を迎えようとしていたし、
私はそれを聴き続けていたかった。しかし、間もなく車は大通りから見覚えのある狭い路地に入った。





彼の部屋は、一人で入るといつもよりもがらん、として見えた。
私はソファに深く腰掛けると、目を閉じた。彼は冷蔵庫からビールを取り出しているようだった。
私がビールを飲ませて欲しいと言うと、彼は少し驚いているようだった。このまま寝てしまうと
思っていたのだろう。私は、眠いようで眠くなかった。普通に、ビールを飲みたいと思った。
そんなに酒を飲みたい気分になったのは、久しぶりだった。私は仕事を辞めたばかりで、明日の
ことを気にする必要は無かった。もうあの人達と会わなくて済むのだ。もしこれからあの人達と
同じような人間と会うことになったとしても、少なくとも今は気の合う人達と好きなだけ一緒に
いられる。私は、今、自由になったのだ。


彼は、私の前に缶ビールを置いて、自分の前にもそれを置いた。
彼は、ガラスのテーブル越しに私と缶を合わせた。無機質な音が、かつ、と部屋に響いた。

彼の喉と、それよりはいささか控えめに私の喉が鳴り、沈黙が流れた。
彼は無言のまま、ソファから立ち上がり、ターンテーブルに向かった。彼は私の知らない
ジャケットからレコードを取り出し、静かに針を降ろした。

流れ出したのは、クール&ザ・ギャングの"Summer madness"だった。
何の気もなしに普段聴き流していた曲だった。しかし私の意識は今、その曲に激しく揺り動かされていた。
右から左へ、左から右へ、際限なく移り変わるエレクトリック・ピアノのエフェクトに私の心は、静かに、
心地良く、混乱した。アナログ・シンセサイザー、ハイハット、ギター、ストリングス、ベースライン・・。
私は、針を降ろした瞬間の彼の後ろ姿を眺めながら、静かに混乱していた。
私の視界はより狭く、より暗くなったようだった。全ての音が私を誘惑し、見知らぬ方向へ私を導こうとしていた。


気づかぬ内に、私と彼は唇を合わせていた。
夢を見ている様な、無感覚のような感覚だったが、とにかく私は彼と唇を合わせていた。

つぅ、と彼の指先が私の背中をなぞり、私の指は彼の背中の肩甲骨の辺りに所在なげに置かれた。
その時、私は確かになにかを求めていたが、それを求める術を知らなかった。ただ、彼と肌を合わせたかった。

私は、意識の濁流に身を任せて、全身の力を抜いた。"Summer madness"は、まだ流れていた。





いつかまた、彼の車でその曲が流れた。時間を見たら、それは4分17秒の曲だった。