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19
2011

ジレンマ

CATEGORYキッズ



正直、かなり長い間Berryzと℃-uteの間でジレンマに陥っています。
今日のBerryz感謝祭で友理ちゃんが横に置いた等身大POPは、キッズと、Berryzとしての友理ちゃん
であるけれど、その横にいる2011年に生きる友理ちゃんはもうキッズと呼ぶのは適当でないような
気がする。

「キッズ」は僕の中での永遠の15人ではあるけれど、彼女たちの現実を永遠の想い出に押し込めて
いくわけにはいかない。そういう訳で、妄想に逃避しがちな自分を現実に連れ戻そうとしながら
もう何年も経つけど、その現実と妄想のバランスがどうもうまく取れない。Berryzと℃-uteの
バランスがうまく取れない。





正直に言うと、ライブはBerryzの方が全然楽しい。
僕はどうしても音楽を通じた幻想の中でしか人を好きになれないみたいで、ああいう圧倒的なライブ
を何度も見ていると、それは本当に脳を洗われてしまう。かと言って℃-uteのライブが嫌いな訳では
なく、ただ曲が少ないのが全ての問題につながっているような気がする。どんなに好きな曲だって、
何度も何度も繰り返されれば感動は薄れる。Berryzはそのあたりが本当にうまく出来ていて、どの
コンサートにも何かしら意表を突いた選曲があって鮮度を保っている。その意表を突いた選曲は、
メンバーとファンのかけがえのない想い出に必ずつながっている。

繰り返すようだけど、℃-uteの曲が嫌いと言う訳ではない。
ベタだけど「バコーン」は久々のキラーだと思うし、「無限パワー」は℃-uteもまだこんなポップな
曲をやってくれるんだ、という希望を持たせてくれた。メンバーは本当に頑張っているし、僕は舞美
さんのことが一番好きだ。


だけど、いつからか℃-uteのライブには最後の最後で何かが足りないと思うようになった。
℃-uteの新しい価値を認めないわけではなくて、積極的に認めたい。舞美さんたちの努力は本当に
報われるべきだと思う。ただ、自分の中でいつも最終的な何かが足りない。
記憶に決定的な楔を打ち込むような何かが。





つんく♂は想像力が全てな所があるように思う。
僕が不安になったり欠落感を抱くのは、つんく♂が℃-uteに対してどのようなイマジネーションや
ビジョンを抱いているのかよく見えないからだと思う。Berryzの場合は、もし気に入らない曲
だったとしても、水平線の向こうに薄くでもメンバーに対するイマジネーションの影が見えるから
我慢できる。だけど正直、つんく♂が℃-uteのことを、それぞれのメンバーのことをどう考えてい
るのか僕にはうまく想像できない。





全ては僕の貧弱な想像力のせいかも知れないし、単なる曲の好みなのかも知れない。
だけど今日、友理ちゃんのBerryz感謝祭を見て、こういうことを書きたくなってしまった。
あの不器用な友理ちゃんが7周年のイベントのために、あんなにファンを楽しませようと努力してる
姿を見て。そりゃ全て友理ちゃんが考えた訳じゃないだろうし、学芸会的だったりもしたけれど、
何よりもその気持ちに感動してしまった。


℃-uteにももっとあんな風に自由に動いて欲しい。スタッフは℃-ute達の考えをもっと聞いてやって
欲しい。もしそんな風に自由に動き出した℃-uteを見たら、つんく♂のイマジネーションにも絶対
影響を与えるはずだと思う。






神の子どもたちに等しく祝福を。








Tag:Berryz工房 ℃-ute ハロプロキッズ

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