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22
2002

てぃーんずぶるーす

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午前零時まで残業して、くたくたに疲れきって自転車を漕ぎ出すも、雨が親の仇みたいに
ざあざあ降ってやがって、全身びしょぬれになって、それで風を真っ正面から受けるもん
だから寒くて寒くて、ハンドル握るのもつらくて、そんなこんなでやっと部屋にたどり
着いて、ずぶぬれの服を洗濯機に入れ、布団に倒れ込んだが、その横には加護ちゃんは居なかった。

昨日のりょうくんオフでワタナベくんの加護ちゃんに対する愛情の深さ、いや、熱さに
触れ、少し自信を喪失している。熱いヲタ達に会って一番に思うことは、なんて自分は
薄い、中途半端なヲタなのだろう、と言うことだ。
僕は確かに加護ちゃんを愛している。だけど、僕はその愛を現実に「確かめて」いないのだ。
好きになったらその相手のことを知りたいのが当然だと思う。それはヲタとしても当然だろう。
だけど僕はラジオも聴かないし、テレビもあまり見ない。最近はビデオも録らなくなった。
辛超でもらった過去の番組のmpgファイルを気まぐれに見たりするだけだ。

自分より苦労している人間なんて世の中にそれこそ数え切れない程いると思うけど(当たり前
だけど)、それでいて、そういう苦労人達は娘。の行動を毎日チェックしているんだろうけど、
僕はもう、仕事から帰ってきて、風呂に入って、ビールを一口飲んだら、カーティス・メイ
フィールドのアルバムを再生して、娘。のことを考える。それ位の気力しか残っていないのだ。

気力が残っていないというか、それが一日で一番好きな時間だったりする。
そしてこうして日記を書いている時が。日記を書くということは、さっきも言った、僕の中の
加護ちゃんの愛を確かめるための唯一の行為であり、僕はその想像、空想の中でだけ、加護
ちゃんと自由に、一緒にいられるのだ。・・・そういう全ての理屈を超越するのがコンサート
だったりするのだけど、それについて書くには、今僕はちょっと酔いが過ぎていると思う・・・。

話を戻す。
つまり僕は、自分の都合の良いようにしか娘。を愛していないのではないか、と思ったのだ。
僕の身の周りの熱いモーヲタ達は、自分の都合なんてものの全然前に「娘。」があるような
人達ばっかりだ。もし僕が娘。だったら、僕みたいな都合の良いヲタより、彼等の方に惚れるだろう。

・・・でも、開き直る訳じゃないけど、僕には僕なりの娘。への思いがある。
なにかそれは、恋とか愛とか記憶とかなんだとか、色んなものを巻き込んでいて、自分でも
「それ」が何なのか未だにわかっていない。「それ」とはきっと自分の全てなのだろう・・
なんてわかった風なことを言ってみたりするけど。本当になんなんだろう。

最近また"I wish"を繰り返し聴いているのだけど、本気で電車の中で号泣してしまいそうに
なることが何度もあった。僕が自分のことをマジヲタだと思う時は、そういう時だ。
曲を聴くと、友達とか、恋人とか、僕の元を去っていった人達とか、そういう人達の顔が
瞼の裏に浮かんできて、そいつらがすごく愛しくて愛しくてたまらなくなって、いや、
最後に考えるのはやっぱり僕の元を去っていった人達のことなんだけど、でも、そいつら
は今、自分と同じように生きていて、呼吸していて、なにがしかの思いを抱えながら
生きていて、なんかそれだけでやつらと会えて良かったなって、生きてて良かったな、って思って。
そんなこと考えてる時に


人生って素晴らしい ほら、誰かと出会ったり 恋をしてみたり

ああ素晴らしい ああ夢中で 笑ったり 泣いたりできる 


なんて、モーニング娘。に歌われて泣かない人間がいるのかいないのか僕には分からないけど、
少なくとも僕は泣く。信じられない位に胸がしめつけられて、息苦しくなる。本当に。

コンサートでみんなで同じ方向に指を指す瞬間も本当に大好き。
あの瞬間は、自分達がどんな境遇に置かれていたとしても、いつも誇りを持って生きていこう
って思う。ワーキング・クラス・ヒーローなんて言葉は今、娘。達のためだけにある言葉の
ような気がする。娘。達がいる限り、どんな辛いことにだって!!

僕はマジヲタになって、本当に良かったと思っている。
今までにこんな熱い思いを自分の身の内から感じたことはない。



好きだ、加護ちゃん。