舞美さんのいない世界で

訳の分からない独り言が増えたというのは前から書いている通りで、家には僕以外誰もいないからますます症状は酷くなっていく。最も酷いのは二日酔い時で、吐きながら「もう死にたい」などと何度も呟く。自分は汚い酔っぱらい以外の何物でもなく、あまりの寂しさに涙が出てくる。舞美さんは今頃他の誰かと……そんな妄想がやってきて、その温もりを得ることは一生できないという冷酷な、厳然とした事実を確認し、また僕は絶望し、嘔吐する。
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動きたくないし、誰とも口をききたくない状態が日常の大半を支配しているが、働かなくては食べていけないのでしょうがなく仕事をしている。幸い誰とも会わずにする仕事なのでなんとかやっていけている。どうしようもなく退屈ではあるけど、誰とも会わないのは気が楽だ。それでもメールなどのやり取りがうっとうしくて仕方がない。誰も話しかけないでくれよ、と思う。一番やりたい仕事は、一人で段ボールをただ積み上げていく仕事。昔、引っ越し屋のバイトをしていた時も、そういう単純作業の繰り返しが好きだった。
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肉体が強迫観念に支配されてしまったかのように自慰行動をやめられない。そんな風にして快感など得られる筈もなく、それはただ自分を孤独にするだけの行為でしかない。
僕と彼女達の儀式であった行為が、無味乾燥に崩れ落ち、色を失っていく。僕はディスプレイの向こうで表情を変えない舞美さんを見つめている。
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音楽を聴くとまだ胸が痛む。
僕はもう君たちをこうやって愛し続けることに限界なのかな。いつか、なにかが起こるかもしれないというような淡い心持ちも、もう捨ててしまった方が良い気がしているんだ。と同時に、それを捨ててしまったら自分には何も残らないような気もする。
僕は最近、舞美さんの日常のことをよく想像しているんだよ。いつも僕が妄想しているみたいに僕の恋人ではない舞美さんのことを。僕と一緒にいない舞美さんのことを。あるいは僕が存在しない世界の舞美さんのことを。その世界で舞美さんはとても楽しそうにしている。僕は舞美さんに声をかけようとするけど、僕はその世界に存在していないことを思い出す。
それはただの想像ではなく、現実世界においても、僕は「ファンの皆さん」という無名の記号でしかない。つまり、全ては僕の中で起こっていることで、僕が何を思っていようが舞美さんには一切関係がない。だから、もし舞美さんに恋人がいたとしても僕には関係がない。僕はそれを悲しいと思わない。僕が今まで書いたことも舞美さんに伝わることは一切ない。僕が贈った好きな音楽も、僕が舞美さんを好きになったことも、何もかも全て。
最近はそんな風に自分を訓練しているんだ。悲しいね。舞美さん。