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19
2006

Muito A Vontade

CATEGORYキッズ
℃-uteに夢中な自分にしみハムが嫉妬してる妄想などをして過ごす。





Berryzと℃-ute、Berryzと℃-ute、Berryzと℃-ute…。
キッズという括りであの子達を見るのはもはや絶滅種に近い存在なのかも知れない
が、僕はずっとそうしてきたのでこれまでもそのままでいると思う。などと言いな
がら今の自分は明らかに℃-uteに傾いていて、夏のBerryzツアーと℃-uteイベント
が重なってしまったら℃-uteイベントを選ぶような気がする。

僕がイベントに外れっぱなしと言うのもあるけど、なんだかBerryzとの距離が随分
遠くなってしまったような気がする。それは良いとか悪いという話では無く、ただ
自分がそう感じるだけのことだ。彼女達が変わった部分もあり、僕が変わった部分
もある。ただ、それだけのことなんだろうけど…。

ライブで「ジリリ」を聴く度に激しい喪失感に囚われていた。
彼女達と出会った頃からは想像もできない未来の姿だった。それでも僕は彼女達に
激しく惹かれるものがあった。しかし、そこには何か、それと同じくらいの激しい
悲しみがあった。





僕はにょきにょき大阪公演の翌朝、泥酔し、泣きながら新大阪を彷徨っていた。
「まるごと」から、最初のイベントから、今までの想い出が溢れだして、止まらな
くなった。「ありがとう!おともだち。」のごとく友達の顔が浮かんでは消えた。
僕はその時たぶん、Berryz工房という関係性と、自分と現実の関係性とを重ね合わ
せていたのだと思う。その時、彼女達の大きな季節の変わり目の中心に、最もそこ
にいるべき友達が一人いなかった。だから僕は泣いた。泣き続けた。


その日以来、僕の中で何かが変わったような気がする。
Berryzの美しすぎる姿、成長、性徴、戦友の不在……全ては既に起こったことで
その時間はもう二度と戻らない。絶望と憂鬱は「ジリリ」を象徴として記憶し、
しかし、それでも抗えない何かがそこにある以上、僕はついていくしかない。


少女達の時間は、あまりに喪失感に満ちている。




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