メモリーバンド
iPod Shuffleから流れてくるスティール・パンの音色。
ミュージック・フォー・アストロ・エイジ。
数日前の真夜中。僕はとある中学校の前を横切った。
その時もこの曲が流れていた。僕は何の根拠もなく、その学校に
しみハムが通っていることを想像した。全く、何の根拠もない思
いつきは、スティール・パンの音色と共になぜか急速に真実味を
増していった。それは僕が通っていた中学から500mほど離れた
ところにある中学校だった。卓球部の僕は毎日その中学を見なが
らランニングしていた。僕はそんなことを思い出しながら、妙な
錯覚を覚え始めていた。
□
僕は中学生だった。
しみハムのことが好きな14歳の中学生だった。そして真夜中に彼
女に会いに来た。しかし、彼女は居なかった。校庭には誰も居な
かった。そして今、僕は校庭に遊ぶしみハムの姿を想像している。
スティール・パンの祝祭的な響きは真夜中の校庭で表情を変える。
僕は想像力を働かせるとともに自分の記憶を辿ってもいる。記憶
と想像の線はきっとどこかでつながるような気がするけれど、僕
はなんだかどうしようもなく胸を締めつけられて、それどころで
は無くなっている。
ただしみハムが校庭で遊んでいることを想像しているだけなのに。
僕は彼女に話しかけることはできない。こうして夜中に彼女のこ
とを想像することしかできない。彼女の記憶に僕は居ない…。
□
しばらくして僕は現実に戻り、家に帰った。
舞美さんの妄想の家の前を通った。この家も、しみハムの中学校と
同じように、何の根拠もなく僕が舞美さんの家だと想像しているた
だの民家だ。昼間にその建物の前を通ることは無いから、誰が本当
に住んでいるのかを僕が知ることはない。夜だけが僕の狂気と妄想
を優しく許容してくれる。
…もしかするとこの妄想や行動は、僕なりの密かな愛の告白である
のかも知れない。端から見ればただの変人なのだろうけど、ジョギ
ングの途中にそんな妄想に浸ることくらい、しみハムも、舞美さん
も許してくれるだろう…。そうでなければ、僕はもう感情をどこに
も解放することはできない。
言葉にならない領域がまた大きくなっていく。