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06
2005

憂鬱

CATEGORY友理ちゃん
苛々しやすく、怒りっぽい。忘れっぽい。
自分が何に怒っているのかさえも忘れたりして、それがまた新たな苛々を産む。
そんな末期的症状にも慣れ、「まってきしょうじょう」などと打ってしまう手先の
乱れにさえ慣れ、しかし、昔の自分を思うとまた悲しい。

部屋で寝転がりながらぼーっとBerryzのポスターを眺めている時、不意にそれ
までの感覚が乖離していく瞬間がある。

僕はこの子達と一体どういう関係だったのだろう、と不意に思う。
彼女達のことを思い出そうとする。僕はポスターに向かって尋ねたくなる。
「僕のことを憶えていますか?」などと。もちろん憶えている訳なんて絶対無いの
だけど、それでも想像の中の彼女達に向かって尋ねたくなる。しかし僕の想像力
はびくともせず、僕は、どうしようもない不安に陥る。





僕はきっと寂しくて寂しくてどうしようもないだけなんだろうと思う。

友理ちゃんみたいな女の子に全てをぶちまけたいんだろうと思う。そして、慰めが欲
しいんだろうと思う。今の僕はそれが安易な慰めだあったとしてもきっと喜んでそこに
身を投じるはずだ。





普段言わないことも全て友理ちゃんに告白したい。
なぜ告白したいのかと言えば、このようなどうしようもない状態でも、友理ちゃんの言葉
に刺激されているからだ。友理ちゃんの言葉の意味する範囲はとても曖昧でふわふわと
していて、そしてどこか希望が漂っている。あんな酷い目にあっているのに…。





起きて鏡に向かって、どんどん酷い顔になっていくのを見てうんざりする。
友理ちゃんとは何もかも程遠い。





握手する時、いつも友理ちゃんは真剣な表情をしている。
「クローバーズ」の時はとても、とても優しい表情をしていた。僕はあの時の友理ちゃん
の表情を今でも忘れない。僕はあの時に「エンジョイ」と言うべきだったのかも知れない。





僕はきっと現実の恋人を求めているのだろうけど、だからこそ、友理ちゃんとのこの不安
定な感覚に悩まされているのだろうけど、でも僕は今の僕自身の性格として、何一つ有
効な手段を持たない。僕は今のまま、素敵な音楽を聴いて友達とバカ笑いしていたいし、
友理ちゃんに恋していたい。今までだってずっとそうだった。

だけど、なんだか昔よりずっと不安が多いんだ。ずっと。
僕の生活が不安定なのもあるだろうし、解体以降、みんなバラバラになってしまったこと
もあると思う。僕が行った先は、今まで見たことの無いような奴が跋扈する世界だったと
いうこともあると思う。要するにそれは、僕の関係の問題、僕の問題なのだと思う。


そして、僕の問題へ行き着く瞬間、絶望へと行き着く。





もし昔のままだったら「パッション」は共通言語であったかも知れない。
それは絶対であったかも知れない。でも、もう何人かの友達に「パッション」と言っても通じない。
僕らはもう、同じ夢を見ていない。





だけども何人かとの友人の会話で通じるものは確かにあって、それは「パッション」的感覚その
ものだったりする。とても失礼なことかも知れないけど、Sさんがあるシーンの動画を流すと泣い
てしまうように、僕は一人でパッションを聴くと泣いてしまうのだ。

2004年からの僕の楽しい思い出は、全てBerryzと結びついているから。
辛いことも、楽しいことも、何もかも全てBerryzと結びついているから。

好きだから。





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