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08
2005

狂う

CATEGORYキッズ
最近やたらと昔の恋人が夢に出てくる。
再会してまた付き合い出すというやけにリアルな夢。そりゃ今でも思い出すけど、
気が狂いそうな時期はとっくに過ぎたはずだし、もう5年も経つのに、なんで今…(泣)。
しかも夢の中の自分はそれを夢だと思っていず、全くの現実だと思っていて、いつも
そんなとても楽しい瞬間に目が覚める。え…ここは…夢……?そんな寝起きの瞬間の
自分が情けなくてたまらなくなる。





人気が出れば出たで妬ましい。
貴様ら、今まで全然興味なかったくせに俺のBerryzに近寄るな…!と、呪いの念を送る。

手足をばたばたさせ、観葉植物のとがった部分に触れて「痛たっ」となる可愛い友理ちゃん…。
もうこざかしい企画などいらないから、そういう瞬間だけ集めて見せてくれ……。
あぁ…友理ちゃんと結婚したい…。

カルロス・マルコムの「スカ・マニア」は牧歌的なアルバムだ…。
友理ちゃん、小賢しいお茶の間評論家になんか耳を貸さずにあくまで趣味として楽しみたい
ものだね。数あるものに対する際限ない批評よりも、マイナーな、でも強烈なレコメンドを
信じる。少なくとも僕は小賢しい評論の中よりかは、友達や、無名の誰かの「最高」の連発
から得たものの方が多いんだ、友理ちゃん……。


最近いつも思うんだけど、僕はやっぱり小さいものを求めているのかも知れない。
僕が価値と感じているものは、世間から知られていない小さなものがやたらと多いし、そう
いう価値がテレビに映り出すと眉をしかめるタイプの人間なんだ。なぜならそういった大き
なものによって好きなものが全て壊されたり、抑圧されてきたから。

いや、そういう大きなものの無神経さを僕はずっと憎んできてきたけど、でも僕はちょっと
前まで、間違いなく一番大きなものの中にいたのだ。





この間Sさんが上京した時、初めて肩の力を抜いてそういうことを話せたような気がした。
なぜなら僕の周りは宗教的なまでの萌え高濃度に身を包んでいる友人達でいっぱいだから…!(照)


最近は僕の神経症的症状も緩和してきたから、娘。のことを話してもつらくなくなった。
でも、やはり彼らへの畏敬の念のようなものは依然(当然)としてあり、そして自分が裏切り者
であるような意識もある。しかし、僕がそのような意識の中で漠然と思ってきたことをSさん
も感じていたことを知った時、「ああ、やっぱそうだよなぁ…」と思った。「好き・嫌い」を
無理に言葉にしようとしないでもいいのだ。むしろ、それを急いではいけないのだ。過剰な罪
の意識を抱いてはいけないのだ。その時に、楽しいことだけを考えていればいいのだ。





しかし、キッズのことを考えていて楽しければ楽しいほど、愛しければ愛しいほど、同時に
苦しい気持ちも育っていく。何かが失われる恐怖。その何かは一生彼女達の内に残るものだ
と思うけれど、その存在を逐一知る術は僕には無い。まして彼女達がテレビから、ラジオか
ら消えてしまったら。

あれだけファンが増えたイベントをきっかけに、YさんはBerryzのファンをやめたみたいだ。
でもそれ以外のキッズのことは好きみたいだ。言葉の表現の違いはあれ、彼の言わんとする
ことはわかるような気がする。それは、一般人には最も理解されない種類のものなのだろう。
そして、それは同時にある種類の人間の、秘密の、至上の快楽でもある。


人は全てを文章にする訳ではない。ある隙は誰かに向けて残されている。
その誰かがいつか、目にするまで。


僕にとってのそれは、友理ちゃんへの隙なのかも知れない。
…図々しいけど。





とか言いながら、夏のドーンのキッズ達を見て死亡寸前…。
舞美さん、めーぐる、まいまい、オカール、サッキー…。異常なまでに魅力的だ。
オリジナルの曲をあげたい。僕が知る史上最高の恋の歌である、ルグランのような歌を。

キッズよ、永遠に。

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