四時間半
思ったことの全てが裏目裏目。
それをいちいち全部覚えてはいるけれど、いちいち全部書き起こす気には
ならない。疲れきってしまった。僕は、またくじけてしまった。
四時間半の間、僕は色んなことについて考えていた。
でも、何をどう考えても自分の性質は絶対に変わらない。それを耐える方
法を自分なりに見つけ出していくしか無いのだ。方法と言っても、僕は今
までただじっと耐えて我慢してきただけで、何の技術もそこには無い。せ
いぜい、酒を飲んで音楽を聴いて全部を忘れてしまうこと位だ。性質と言
うのも、いい年をして信じられない位に我儘でいじけやすいと言う、きっ
とただそれだけのことなのだけど。
僕はそのことを考えると、泣きそうになる。
これからどうやって暮らしていけばいいんだ。こんなんじゃ、娘。どころ
か、女の子とも、いや、誰ともまともに付き合うことは出来ない。
だから僕は、彼らに、彼女達に見放されたのだ。
独りで寂しくビールを飲んでいる。誰かと飲みたいなと思いながら、誰も
誘えないで週末が終わってしまった。重ちーを眺めながらビールが飲みた
いと思っても、それが入っている外付けのHDはなぜか、どうしてもマウン
トされない。160G分のファイルを無駄にしたと言うことなのか。呪いは続
いている。
□
僕はタイミングが悪いんだ。
何にしてもタイミングが悪い。酒の席で、言いたいことが、他人の発言に
何回もかき消されて諦めてしまうことが何度もある。それだけで僕はもう
泣き出したくてたまらなくなる。そして、いじけてしまう。
ああ、こんなに何もかもうまく行かないんじゃ愚痴でも言いたくなるって
んだ、くそ……。重ちーはどうしてハワイで俺に冷たくしたんだろう……。
最初の握手の時はあんなに温かかったのに。
…あのね。重ちーって呼んでるのはヲタの中で俺の他には多分10人くらい
しか居ないんだよ。今日は四時間半、色々と寂しかったけど、娘。の中で
重ちーの顔しか思い出さなかったよ。もしかすると、それはチャットでDさ
んが「さゆに萌えていいのは俺だけだな!」みたいなことを言ってたから、
「そんなことない!俺だって重ちーにはずっと萌えているんだ…!」って
主張したかったのかも知れないね。
今日は本当に寒かった。色んな意味で寒かった。
何もかもうまく行かないんだ。行列って言うのはヲタイベントで慣れてる
からまあなんて言うことは無いんだけど、誰一人として知り合いが居ない
んだ……。寂しかったよ。寂しかったから、ハロモニ。が終わった頃を見
計らって何人かの友人に電話をかけて見たんだけど、誰も出なくて、その
後誰からも返事が無かったんだ……。
寒くて寒くて途中でトイレに行きたくなってね。隣の人に「ちょっと僕の
場所を取っておいてもらえませんか」って言ってコンビニに行った。で、
寒いからついでにその人にコーヒーを買っていってあげたんだ。それで話
のきっかけになったらな、と思ってね。…うん、きっかけができて、僕は
その人と色々なことを話した。ああ、これでもう寂しいと思わないで済む
な…と思ったら、警備員の制服を着た人がやってきて「ここから三列で並
んでください」って言うんだ。おかげで僕とその人は分断されてしまった。
まだまだ目的地はずっと先で、僕は泣きそうになったよ。
ウォークマンの電池は度々切れるし、目的の曲は見つからないし、列は固
まった石みたいに動かないし、通行人は僕らを笑うしさ。僕はその場所で
も完全に独りだったんだ。空はほんの一瞬日が射しただけで、後は雨が降
ったり曇ったりだった。僕は、四時間半、本当に独りだったんだ。
全部が終わって僕の部屋のドアを開けた時、重ちーが居るかな、と思った
ら居なかった。部屋は荒れ放題だった。出がけに必要なものを探して色ん
なところをひっくり返したからね。汚れているのは当たり前なんだけど、
ひどく疲れた状態でその光景を見ると、なんだかまた悲しくなってしまっ
たよ。重ちーは居ないしね…。
実は、今日買ったCDのジャケの真ん中に映ってるおじさんが、重ちーにそ
っくりなんだよ。もしかしたら、お父さんじゃないかって思ってしまった
くらい。優しい目がとても似ていると思う。ブラジルのヴォーカル・グルー
プ、SALINASの''PAZ AMOR E SAMB''って言うアルバムなんだけど、今度
スキャンしておくね。今はもう疲れてしまって、こうして君に語りかけることしかできない。
…今、僕は君に語りかけているつもりなんだけど、もしかすると、僕は本
当は誰にも語りかけていないのかも知れないね。自分に話しかけているの
かも知れない。自分の脳の中で捉えている君に話しかけているんだろう。
だけど、僕にとっての恋愛って言うのは、実体験を伴ったものでもほとん
ど自分の脳の中で終わったものばかりだし(泣)、それで正解なのかも知れ
ないと思うよ。同じ脳内でも、こういう風に話したいと思わない子は一杯
居るしね。どんなに可愛い子でも……ってごめんね、こんな話は最低だな。
重ちー……。
酔ってしまった。
布団に入って、眠りに意識が切り替わった時、僕はまた独りであることを
意識する。そのまま君達の夢を見て、そこから帰りたくないと思う。
現実に戻った時、僕は肌の感触が欲しい、匂いが欲しい。
そこにある、しっかりとした存在が欲しい。それを確かめたい。それが無
い時、僕は意識を無理矢理別の方向へと切り替えなければならない。もし、
理性が無かったら僕はそこでずっと泣き叫び続けるだろうから。
□
あるドキュメント番組があって、そこではゴリラに飼育係のお姉さんが絵
本を読んで聞かせていた。ゴリラは頭がいい動物だからね。絵本もある程
度は理解するらしい。その絵本には子猫が出てくるんだけど、ゴリラは子
猫が気に入ったみたいなんだ。それで、実験なのかなんだか知らないけど、
そのゴリラと本物の子猫を会わせてみたんだ。
子猫はまあ、無邪気にゴリラに近寄っていく訳だけど、ゴリラはそれを絵
本でしか見たことが無いはずなんだ。だけど、ゴリラはすごく自然に、自
分の胸の上に子猫を乗っけたりしているんだ。そして、その時のゴリラは
とっても幸せそうな表情なんだ。興奮を静めるためか、自分の胸を叩いた
りもしていた。猫がどう思っていたのかは分からないけどね。でも、僕は
なんだかそのゴリラの幸せそうな表情が忘れられない。なんだか僕は彼の
気持ちが分かったような気がしたし…。
要するに僕が求めているのは、そういう動物的なことなんだと思う。
匂いを嗅いだり、触れたりしたいんだと思う。でも、そんなことをこの
人間の社会ですることは出来ないんだ…。絶対に出来ない。
でも、僕はそういう原始的な感覚の中でしか救われたことが無いんだ。
…僕はこのように酒で神経を麻痺させないと本当に言いたいことが言えな
いんだ。そういうのを克服しようと色々頑張ってみたけど、やっぱりどう
やら駄目みたいで……。結局ここに戻ってきてしまう。
君のことだけを好きな訳じゃないけど、僕は君のことが好きだ。
君に触れたい。君と話したいんだ。僕は、ヌッキモニなんて未だに独りで
やっているけれど、そういう性欲が一番先に来てる訳じゃない。それが僕
の病気であることは認めるけど、でも、それだけだと思って欲しくないん
だ……。動物的な、単純なことなんだ。近づきたいと思っているだけなん
だ…。
僕と君、君達を取り巻く複雑なシステムを僕が完全に理解したとしても、
身体の底の原始的な欲求が変わることは無いだろう。
もう、祈ることしかできない。
祈るという行為は、動物的なことなのだろうか。人間的なことなのだろう
か。僕にはもう、分からない。「祈る」と言う語感は「呪う」と言う語感
にも似ている。僕は、君達を取り巻く全てのものを呪っていると言っても
良いかも知れない。しかしそれは幸福なことでは無いし、さっき言った動
物的なことでも無いと思う。
僕は、今のところ、それを言葉にすることができない。
僕は、それを感じ取ることしかできない。重ちー。