雨のウェンズデイ
今日は土曜だと言うのに飲みに行けない。悔しい。
こういう時にビールのCMを見ると、飲みたくて飲みたくて
たまらなくなる。早く治ってビールが飲みたい。なっちと。
・・・なぜなっちなのか。それは思いつきである。
そして僕がビールを飲みたいのは、もう夏が終わったと言うのに
大滝詠一のロンバケを聴いているからである。夏が終わると、そ
んな事実は無かったのに、なっちと浜辺で戯れたり一緒にビール
を飲んだりしている光景が脳裏に浮かんでくる。ああ。
ああ・・・・・。
□
もちろん僕らは恋をしているのだ。なっちは北海道から出てきた
ばかりの大学一年生。サークルの後輩だ。
海に近い大学。なつみのアパートはすぐ近くだ。
僕が起きるとなつみは、いつももう先に学校へ行っている。
学年が違うので、講義があまり重ならないのだ。それに、
予定を提出する前になつみとはつきあっていなかったし。
・・僕らは良く、小さなラジカセとビールを持って海を見に行った。
氷とビールの入った袋を僕が持ち、ラジカセをなつみが持った。
いわゆる海水浴場では無いので、誰も人はいない。
柵があって、テトラポットがあって、たまに犬が散歩してる。そんな海だ。
いつもの階段に腰掛ける。「今日はなに持ってきたの?」
持ってくるCDはいつもなつみに任せていた。もっともそれは、殆ど僕が
なつみの部屋に持ち込んだものなのだけれど。「大滝詠一」なつみはそう
答えると、CDをセットして曲を何曲か送った。そして僕らはビールの缶と
缶を合わせた。一口目を飲み干して、僕らは水平線を眺めた。
ラジカセからは「雨のウェンズデイ」が流れていた。
「こんなにいい天気だし、水曜日でも無いけどね」なつみはそう言って笑った。
僕は空を見上げたが、眩しくてすぐ目を海に戻した。「・・いい天気だなあ」
「コウジが言うと、なんかすごいバカっぽいよ」なつみはまた笑った。
「うるせえなあ」
僕は熱く焼けた石の階段に空き缶を置いた。じゃり、という音がした。
僕はそのまま、なつみにキスをした。
□
海が見たいわって言い出したのは君の方さ 降る雨は菫色
時を止めて抱き合ったまま・・

大滝詠一 「A LONG VACATION」