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09
2018

好きな人

CATEGORY未分類


好きな人は誰だ、と数年前はまだ言えたかも知れない。
でも、いつまでこのままやっていけるのかという大きな不安を抱えているとそんな余裕はない。
年齢も大台を迎えてしまった。僕はヲタではなく、普通の人間に近づいたのかも知れない。
6000円もする「防災セット」をメンバー全員分買って何も疑問に思わなかった頃からは。

ヲタ、或いはオタクと呼ばれる属性についても、色々な人たちと会って考えた結果、僕は多分
そうではないことが分かった。僕は細部にこだわらないし執着せず、ただ楽しければそれで
良いと思っている。でも、僕が本物と思ったヲタはみんな違う。思いもよらない箇所を見て
いるし、その部分に拘っている。その情熱は一見偏執的で変わっているけど、よく見ていると
それはただ僕と形が違うだけのものだと分かる。彼らは細部に拘り、僕は妄想に拘っているのかも。

僕に妄想や、それよりも大きな幻想をもたらしたのは娘。であり、Berryzであり、℃-uteだった。
今でもカラオケに行くと泥酔してハロプロ曲ばかり歌っていて、歌っている時にメンバーみんな
のことを好きだったことを思い出す。

僕は、キッズ以上にもう好きな子はもう現れないだろうと思っていた。
娘。の時もそう思っていた。キッズが横浜アリーナかどこかで自己紹介した時は鬱陶しいとすら
思っていたのに。だけど、いつか情熱が薄れる時が必ず来る。それは曲だったり、現場の雰囲気
だったり色々あるけれど、必ずそれは訪れる。

それから出会ったのは言うまでもないみにちあ☆ベアーズという最高のグループだ。
今までの好きなグループと全く違うのは、大手事務所とは言えマイナーであることだった。
そして、野球の応援歌中心の狂気的と(一般人に言われようとも)素晴らしいコンセプトのライブ。
僕はいつからか気安く使われている四文字言葉が大嫌いだし、アイドルブームの中でその言葉に
括られてしまうみにちあ☆のことをいつも歯がゆく思っていた。そんなんじゃないのに。

でも本当は幸せだった。
価値の分からない人達を無理に呼び込むより、知り合った素晴らしい仲間たちとみにちあ☆の
素晴らしさを共有する方が大事なことだった。僕は今もずっとその延長線上に居る。


みにちあ☆が解散して約4年が経ち、僕は今でもみにちあ☆のことばかりを思い出している。
ロッカや、それぞれ活躍しているメンバーはいるけど、それはみにちあ☆の楽しさとは全く別種の
ものだし、メンバーもお年頃で自分が子供の頃を恥ずかしく思う時期で、最早自分の居る場所はない。とても寂しい。…千帆ちゃんは優しくしてくれるけど。

こんなに長期に渡って失った子のことを忘れられないのは自分にとって初めてのことかも知れない。
気になるアイドルを見つけても踏み込んでいけない。でも、もう踏み込めさえしないかも知れない。

10歳下のヲタ友達が結婚したのに、アイドルのことしか考えられない自分に驚嘆する。
後は安月給の癖にGBを飲み歩くだけのどうしようもない人間。本当にどうしようもない。



昨日カラオケで歌った。
舞美さんはおばさんじゃないけど、僕はどうしようもない爺になってしまった。
舞美さんはいくつになっても自分に困難な課題を課し、他人に優しく生きていくだろう。

昨年一番嬉しかったことはTIFでオカールと偶然話したことだったし、もはやそのような奇跡を
信じて生きていくしかないような気がしないようなボンクラ2018。











01
2017

キッズが終わった

CATEGORYキッズ

桃子のラストライブを見てそう思わずには居られない。
悲しいというよりも、この自分のちっぽけな人生における、でも掛け替えのない青春の
ようなものが本当に終わってしまったのかも知れないと思う。

家庭の問題が起こり、仕事の問題が起こった。みにちあの解散。ダン・ヒックスの死。
りななんの死。そして℃-uteも解散し、キッズも終わった。友人関係における愉快とは
言い難い出来事もあったし、自分のだらしなさに絶望することも多々あった。

失うことの多い季節だ。
とても苦しかったり、悲しかったりするけれど、今はなぜか絶望は感じない。
桃子の晴れやかな笑顔を見てそう思った。大事な青春を15年間捧げた桃子の笑顔。
15年間全てではないが、僕にもキッズに付随する様々な思いがあり、その想い出を糧に
生きてきた。桃子の最後の言葉は限りなく純粋で、感謝に満ちていた。
その言葉を聞いている間、Berryzに、キッズに関する想い出が泡のように次々と浮かんだ。
桃子と、会場の全員が同じことを考えていた。言葉にできない何かを。


優しい友達と別れた後、泣いてしまった。
想い出だけが自分をかたちづくっている。
桃子があんなに立派にやり遂げたことを、図々しく僕も誇りに思う。
そして生きていかねばならないと思う。

…自信はあまりないけれど。
桃子は、Berryzは、℃-uteは、キッズは勇気を与えてくれた。
失ってしまった記憶の中にも勇気や希望はある。

キッズは僕の中に生きている。
15年間もありがとう。本当にお疲れ様でした。







23
2017

どんなに悲しくても

CATEGORY未分類

次に好きな人はできる。
そしてそれは前に好きだった人とは全く違うタイプの人だ。
舞美さん、りんちゃん、りあちゃん…。

りななんとはお別れしたけど、未だに実感がない。
日常の雑事に追われ、そんな余裕がない。
大好きな芽奈ちゃんのブログにコメントする位しかできない。
おそらくしおりんは幸せだろう。
僕は今はミラキャンが好きだよ。

りかっちが32歳で結婚するなんて信じられない。
好きだ嫌いだと言う前に、時間の流れについていけない。
まさかモーニング娘。の最新メンバーの顔がわからなくなるなんて!


もしかすると、みにちあを失った時点で僕は死んでしまったのかもしれない。


09
2017

りななん

CATEGORYエビ中


りななんが死んでしまった。


第一報を見た時、僕は悪質なデマだと思って顔をしかめた。
PCを新調し、RSSリーダーをインストールして最初の画面に出てきたのがそのニュースだった。
見慣れぬフォントで表示されたその一文は、どこか遠い未開の地の呪文のようにも見えた。
りななんが、死んだ?

僕にはそのことがうまく理解できなかった。
今もこれを書きながら理解できていない。
仕事中もずっとそのことを考えていた。ニュースを検索すると、画面がその情報で埋め尽くされた。
僕はそれを全て読んだ。リロードしてまた読んだ。

りななんが死んでしまった。
その情報が書いてあることは分かった。しかし、いつまで経っても僕はそれをディスプレイの中の情報としてしか受け取れなかった。なぜ、りななんが死ななければならないんだ…?




6年前、僕がハロプロから離れた頃。
りななんは、新しい世界で、僕が初めて好きになった人だった。
新しい世界は全てが新鮮で、みんな可愛くて、優しくて、温かくて、本当に楽しかった。
スタッフとヲタでさえも仲が良くて、そんな世界があることに衝撃を受けた。
もう今はわだかまりもないけど、その頃の僕はハロを巡る状況に個人的に深く絶望していたから、本当にエビ中の全てが輝いて見えた。





いつも素朴で、手作りで、温かいイベント。
ハンドクラップだけでメンバーの入場を待つ瞬間がとても、とても好きだった。

でも、握手会や2ショットでは、それまでのハロの高速モードに慣れすぎて、ゆっくり話せても何を話していいのか分からず、いつもろくなことを言えず、戸惑っていた。そんな中でも、いつも優しくしてくれたのがりななんだった。おっとりしていて、波長やリズムがあったのかも知れない。
ガチガチに緊張している僕を、いつもりななんは笑顔で迎えてくれた。
その笑顔は僕を安心させてくれた。その笑顔は「よそもの」であった僕に、ここにいてもいいんだよって言ってくれている気がした。そう思わせてくれる位、嘘のない、自然な笑顔だった。





楽しいイベントが終わる時、この曲を聴く度に切なくなった。
またりななんに会いにいくよ、といつも思った。
不器用で、嘘がつけなくて、でも一生懸命で、いつもニコニコしているりななんに。




エビ中の客数は飛躍的に増え、スモール・サークル的感覚は失われ、いつしかりななんに会いに行かなくなった。僕はその頃、みにちあに夢中になっていた。
それでもたまにイベントに行くと、りななんは僕の名前を覚えていてくれたりした。
アイドルとして大きく成長しても、りななんの優しさは変わらなかった。


最後にりななんを見たのは2015年のルミネエストの屋上イベント挨拶だった。
昔はおっとりしていたりななんが、こんなに饒舌になったんだ、と思った。
良く喋っているりななんはちょっと酔っているようにも見えて、なんだかそれがりななんらしくて可笑しかった。最後に会ってから2年経っているし、忘れられていると思って声はかけなかった。




僕はいつも酔っ払って死にたいと呟いたり、このまま目が覚めなければいいと思っている人間だ。
りななんの無念を考えると、そんな腐敗した精神じゃ絶対に駄目だと思う。絶対に駄目だと思うけど、優しいりななんはニコニコしながら、それでもいいんじゃないですか?って言ってくれそうな気がする。りななんの優しさはそれくらいなんだ。いつも無邪気で、無意識で…。

その記憶は今でも僕を温めてくれる。
きっと、これからもずっと。りななんと過ごしたあの日々は宝物だよ。

りななん、さようなら。
りななん、安らかに。












24
2016

ただの日記

CATEGORYアイドル


諸問題から逃げつつゲームをしたり地下に行ったり酒を飲んだり。

りんちゃんのことを考えてはいなくても、独り言の口ぐせで「りんちゃん」と呟いてしまう。
僕は3BJr.の現在について認めるところはあるけれど必ずしも肯定的ではなくて、ほとんど
行ってはいない。行ってはいないのに、独りになった時、「りんちゃん」と呟いてしまう。


みにちあのない生活は恐ろしく空虚で、気楽でもある。
本当に楽しかったけど、本当に辛かったから。
あんなに感情を揺り動かされることは。





りんちゃんが今いるユニットの曲。






素晴らしいと思う。
もえちんの声も大好きだし、みんな息があってて素晴らしいグループだと思う。
でも、なぜかあまり気軽に行けるイベントはやらない。陽気なひなちゃんやうらんちゃんや、
外に出したらきっと受けるグループだと思うのに。

考えてみれば、ハロに絶望した時と似ているかも知れない。
好きな子もいるし、好きな曲もあるのに、事務所の無策に絶望してしまう。
本当だったら真央ちゃんも今いたはずなのに。

頭と勘の良い芽奈ちゃんは、だからアイドルを辞めてしまったのかな…。


こうなることを予想していたとは言え、2年以上経ってみにちあのことを忘れられないとは
思わなかった。もってけや大進撃やケイオウが聴きたい…。でもそれは叶わない。

組長はとき宣の大成功でもうそれどころではないだろうし、みにちあは、事務所に
取っては手間がかかる割には全く儲からない部門であったに違いないから。

あんなに狂った、あんなに最高のグループはもう、二度とない。
それがもしあるとしたら、それは天国にしかない。

空虚な苦痛の日々の中で、僕はその天国を想像しながら生きながらえている。
りんちゃん、





25
2016

人生

CATEGORY


日記を書かなくなって随分経つ。
色々あって今も続いている辛いことを書こうとログインしてみたけど、書くのが辛くて書けない。
年齢と共にそういうことが増えていくことはぼんやり予想してはいたけれど、こんなにも災厄と言っていい
ような災厄が集中するとは思わなかった。仕事のこと。家族のこと。

たった二つのことだけど、いずれも、どうにもならない。
そして、家族の方が恐ろしく重い。

そういうような状態では、アイドルのこととか、人のことを好きだとか言っていられない。
ただ楽になりたいとか、解放されたいとか、そんなことばかり考えている。





Dに連れて行ってもらった福岡はいい街だった。

瀬田ちゃんの美しさと旅行の楽しさが記憶の中で溶け合って、どうしようもなくなったら
そこに逃げようかと妄想している。逃げられることはないのだけど。

みにちあ組の活動も追う気力がなくなってしまったし、りあちゃんはキャンzooを辞めてしまった。
たまにアイドル現場に行くと楽しいけど、本当に楽しいことは終わってしまったような気がする。

あの頃のように無邪気に楽しむには、今の自分の人生が重すぎる。
今日も飲んだ仲間達が居なかったら、自分はもう潰れていたかも知れない。
たまに、古い仲間達と飲むことも、もしなければ。


今は押しつぶされないように、必死でしがみついている。
ずっとこんな辛いことばかり続くことはないと信じる。

そんな時に、しおりんだったら、芽奈ちゃんだったら、こう言ってくれるかなって思う。
みにちあ☆が応援してくれてる。

そう思うだけで少し救われる。





TIFが近づいてきた。
あのスカイステージの空は、今でも鮮やかに瞼の裏に焼き付いている。
「夏祭り」を聴くと泣いてしまう。あのまま時間が止まればよかったのに。






Tag:みにちあ☆ベアーズ

24
2015

死のうと

CATEGORY

思ったり、口に出したりするのは、要するに楽になりたいということであって、それをただ
大雑把に言っているだけだ。楽になりたい時は、言葉に対して厳密になる余裕もない。
疲れているから「死にたい」と言う言葉が全てを表すと思ってしまうし、そもそもその
4文字をつぶやくくらいしかエネルギーは残っていない、

死にたいなんて思うことも言うことも良くないだろうし、でも言ってしまう。
だからせめて、自分は疲れていて、解放されたいだけなのだということは認識しておく必要
があると思う。それさえ認識していれば、いくらつぶやいても何ということはない。
いや、良くないけど…。

もしりんちゃんと結婚したら、死にたいなんて言ってたらひっぱたかれるだろうしな…(泣)
そう考えるとりんちゃんと結婚したら面倒なことがいっぱいありそうな気がする…。

しおりんは言葉を真面目に受け止めて泣き出しそうだし、芽奈ちゃんは「じゃあ死ねば?」
とか言いそう…。こちら側が一番して欲しい「ほっとく」という選択ができるのは
真央ちゃんやゆかりんのような気がする…ああ真央ちゃんに会いたい…。

などとほざく誕生日の夜。

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